喜捨 Zakat 2003 9 1
ザカート(Zakat)は、イスラム教では、大事な教えです。
喜捨と言えば、仏教的なイメージもありますので、だいたい見当がつくと思います。
これは、一般的には、
「財産の2.5%の額を、毎年、喜捨する。
イスラム教徒が守らなければならない5つの原則のひとつ。」とされます。
しかし、本来の精神は、
「富める者は、常に貧しい者たちを助けよ。」というものです。
しかしながら、イスラム社会では、この教えが形骸化しています。
イスラム社会では、あまりにも貧富の格差が拡大してしまったのです。
しかも、貧富の格差が固定化してしまったのです。
今のイスラム社会では、「アラーの下での平等」というイスラム教の教えと矛盾してきたのです。
このような状況では、新しいイスラム教の勢力が台頭する可能性があるのです。
今回、アメリカは、ミサイルと戦車で、イスラム社会に攻め入りましたが、
このイスラム社会がかかえる問題で、イスラム社会に攻め入れば、
お金もかからず、人命も失わずに、イスラム社会を変えることができたのです。
聖書(Matthew 26 52)には、
「剣を取る者は皆、剣で滅びる。」という教えがあります。
しかし、キリスト教国では、誰も、この教えを守っていません。
歴史を振り返れば、この教えのとおり、多くの国が滅びました。
また、聖書(Matthew 7 26)には、
「わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、
砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。」とあります。
歴史を振り返れば、この教えのとおり、
砂の上に国を建てて滅んでいったのです。
物事は、聖書の教えのとおりに進行していきます。
そういう意味で、
「ヨハネの黙示録」(The Revelation to John)のとおりになる可能性があるのです。
聖書を読むだけで実践しない者は、
砂の上に家を建てた愚かな男に等しい。